日本農業の相対評価【3】「農業インフラ」
「農業」というと、土と種さえあれば出来そうな気もしますが、ある程度の規模をもった現代農業となってくると、農業設備なるものが必要になってきます。
東南アジアの農村をひとたび歩いてみれば分かりますが、農道といっても人が歩ける幅しかなくトラクターが入れない等、現代農業がスムーズに行われるためのインフラが整備されている、とはとても言えません。現代農業という意味では、日本農業は相対的に恵まれた環境にあると言えるのです。
農業インフラの中でも、特に重要なものが水利施設(灌漑設備)です。
例えば水田の場合、田んぼに水を張るために大量の水(かんがい水、といいます)を必要としますが、クオリティの高いため池や水路を作るには大掛かりな工事が必要です。
そもそも水が乏しい地域であれば、農家同市の水の争いは苛烈になりますよね。
水問答・水合戦といった言葉もあるくらいです。
少し横道にそれますが、台湾統治時代に八田與市という日本人技術者が、台湾に当時世界最大の鳥山頭ダム建設に尽力し台湾では評価され銅像もたてられていますが、その理由は農業灌漑用水が農業にとって極めて重要であったためなのです。
さてさて、本題の主要なコメ生産国の農業インフラですが、
(1)日本等のアジア諸国が属するモンスーンアジアと
(2)アメリカ・オーストラリアが属する乾燥・半乾燥地帯
とでは状況が大きく異なっています。
まず、(1)モンスーンアジアですが、いずれのコメ生産国でも年降水量が1500mmを上回っている等、水資源が豊富であることに特徴があります。
日本はコメ増産が国策だった時代があり、農業を手厚く保護してきた時代も長いため、灌漑設備の普及率はとても高く、灌漑率81%にも及びます(東大の川島博之先生のデータ*1)。夏に雨が降らなくて地域全体の水田に水が不足ぎみ、ということはあっても、「設備の問題でうちの水田に水がやってこないよ!」という田んぼは日本ではまぁ見ることがありません。それほどまでに、日本では灌漑設備は整備されており、もはや我々の常識です。
他方、東南アジアの国々はどうでしょうか。
同様に川島先生のデータによれば、東南アジアの灌漑率は17%です。また、灌漑率が高い日本、そして中国、モンゴル、台湾、を含む東アジアの平均で35%ですから、日本以外の国々で灌漑の拡充が進んでいないことが分かります。
その理由には、発展途上国でインフラを整備する十分な経済的資源がないこともありますが、豊富な降雨のみでもある程度の生産を達成できてきたという気象的要因もあります。東南アジアでは、天水田という田んぼに落ちてきた雨水だけを利用する水田(灌漑設備がない)も多く見られるほどです。(そもそも天水田の面積は世界の水田面積の1/3程度もあると言われています。)
もちろん、今や発展途上国の経済発展は進んできてますから、農業インフラも広がっていくようには思いますが、現時点でアジアの農村を歩いている印象だと、まだまだ時間はかかるだろうなと思います。ホント、いい意味でのんびりしてますからね。
さて、次に、(2)乾燥・半乾燥地帯ですが、モンスーンアジアに比べると降水量が少ないため、稲作に灌漑は不可欠です。天水田なんて呑気なことは言ってられません。
アメリカにおいて有名なコメどころはカリフォルニアですが、年降水量は575mmと少なく、シエラ・ネバダ山脈の雪解け水を大型ダムで貯留し、710kmもの水路を通じて大規模に灌漑することで農業に利用しています。
なんともアメリカらしい、ダイナミックな灌漑スタイルです。
(アメリカ合衆国カリフォルニア州シャスタ郡にあるシャスタダム。File:Shasta Dam.JPG - Wikimedia Commons)
さて、一方のオーストラリアでは、水田は農耕地の約0.4%にしか過ぎませんが、マレー川周辺に大規模な稲作地帯が広がっています。が、やはり年降水量は400mm前後と少ないため、灌漑設備が不可欠です。
灌漑にかかるコストが日本では3%、アメリカカリフォルニア州では4%ですが、オーストラリアでは13%ということなので、オーストラリアでは相対的に灌漑設備の重要性が高いということになります。
同時に、アメリカでも同様の問題が報告されていますが、水田による地下水浸透によって塩害が発生するといった問題もあって、巨大な蒸発池を造成するなど、排水のために独自の灌漑環境を整えているのも特徴です。
このように、灌漑設備といっても地域や国によって事情が大きく異なり、ひとえに比較することは困難ですが、まだまだ灌漑設備が整っているとはいえない東南アジア諸国に比べて、日本は相対的に農業インフラが整っており、世界的には貴重な水資源を豊富に利用することができている国と言えるでしょう。
また、アメリカやオーストラリアと比べると、塩害の発生は少なく、そのための蒸発池を建設する必要性が低いなど、灌漑設備における諸問題は少ないと思われます。
ですから、日本の農業インフラの相対評価は「4」くらいで良いのではないでしょうか。(あくまでも独断と偏見ですが・・・)
そんなこんなで、次回は農業インフラとも強く関連する「気象・地理」について日本農業を相対評価しようと考えています。
【参考文献】
1)アジアモンスーン地域における水資源変動と水田農業の持続可能性
https://www.jstage.jst.go.jp/article/agrmet2/07sps/0/07sps_0_18/_pdf