おコメ博士の闇米日記

オワコンと言われがちな日本のおコメ。令和のこの時代に、グローバル視点で日本でおコメを作る意味を考えます

ホントの意味では「農法」は定義できない。

日本農業のような、スケールサイズに早々と限界が訪れる農業だと、普通にアメリカや中国やオーストラリア等の大国とがっぷりよつでぶつかると力負けしてしまう公算が高い(というか絶対まける)ので、ヨーロッパ的な「正しさ」を導入して(具体的には環境への負荷を積極的に減らす農業しばりのルールを作る)、ゲームを違う種類に変えていく方が賢いと思っている、みたいなことを前回の記事で書きました。

mroneofthem.hatenablog.com

といっても、「じゃあどんな農業が正しいのよ?」と聞かれると明確に答えるのがなかなか難しい。

世の中には色んな農法があり、それぞれの農法に従事している人は「コレが正しい」と思ってますが、全世界的に「これが絶対的な農法である!」承認されたことはないからです。農法の世界は奥が深くて、宗教戦争のような対立になることしばしです。

 

スピリチャルな女性のイラスト

ただ、その中でも市民権を大きく得ることに成功した栽培方法があります。

そう、有機農業です。

有機農業は一般的な化学肥料や化学農薬を使う農業の代替的なものとして、その注目を集めてきました。今となっては、全世界的にオーガニックという言葉は知られていますし、オーガニックの認証制度もヨーロッパを中心にかなり進んでいます。

とはいえ、ヨーロッパですら有機農業による生産面積割合は10%以下ですので、まだまだマイノリティだと言わざるを得ません。

※イタリア 8.6% ドイツ 6.1% フランス 3.6% 韓国 1.0% 中国 0.4% 日本 0.2%

資料IFOAM「The world of organic agriculture」2011年

マジョリティの鉄拳のイラスト

有機農業といえば、キューバが国策として推進したことが有名ですが、理想とは裏腹に充分な収量を確保できず、結果完全自給はできずに輸入に依存している、といった状態が続いています。

No.321 キューバの「有機農業」がまた誤って宣伝される危険 | 西尾道徳の環境保全型農業レポート

そう、理想と現実はなかなか違って、結構むずかしいのですよ。

 

さて、我が国日本ですが、日本も有機農業の法的な定義をもっています。

平成十八年法律第百十二号の第二条には、有機農業はこのように定義されています。

この法律において「有機農業」とは、化学的に合成された肥料及び農薬を使用しないこと並びに遺伝子組換え技術を利用しないことを基本として、農業生産に由来する環境への負荷をできる限り低減した農業生産の方法を用いて行われる農業をいう。

elaws.e-gov.go.jp

結構抽象的な感じでふわっとしてますよね(-_-;)

実際、ヨーロッパの有機農産物の基準に比べるとかなり緩くて、EUでは家畜糞尿堆肥の施用量に上限値が設定されているのに、一方日本では上限値がなくて有機物であれば無制限に施用しても有機農業に分類されます

有機物といってもたくさん投入するば当然過剰施肥になるので、色々と問題も多いのですが・・・

 

さてさて、自分に都合のいいようにルールを作っていっちゃう日本あるあるは置いといて、他にも、自然農、自然栽培、炭素循環農法、バイオダイナミック農法、などなど、農法は山ほどあり、定義もあったりなかったりします。(※法的に定義されてるのは有機農業しかありません。)

農法の定義の難しい所は、そもそも農地の多様性が極めて高いので、同じ方法で作物を栽培したとしても、結果として得られる収穫物の品質・安全性・環境への影響などが、どうしてもバラついてしまうことにあります。それは良いか悪いか、という問題ではなくて事実です。

なので、パソコンを買うみたいにほぼ同程度の製品を購入する、ということが不可能なんですね。

それでも何かしらの基準がなけりゃあ、ということでとりあえず農法は定義されています。なので、定義を絶対視すると、必ず矛盾が出てきますし、本質からズレることも起きやすくなります。例えば有機たい肥を使ってるけど、農作物の硝酸態窒素が異常に高くて健康被害が出るといったように。

病気のお爺さんのイラスト

なので、定義は重要ではあるのですが、農業の場合は特に定義を絶対視しないことが重要だと個人的に思っています。

ただ日本農業に「正しさ」を導入するには、なんらかの定義は必要なのですが、定義を導入すると原理主義に走る人も多いので、そこは悩みどころであるのです。