おコメ博士の闇米日記

オワコンと言われがちな日本のおコメ。令和のこの時代に、グローバル視点で日本でおコメを作る意味を考えます

「ロジカルな田んぼ」の読書感想

オモロイ農業本を見つけました。

ロジカルな田んぼ (日経プレミアシリーズ)

ロジカルな田んぼ (日経プレミアシリーズ)

 

稲オタク達にとってはヨダレが垂れるほど面白く、農家達にとっても生きた教材として勉強になることこの上なし、だと思うのですが、一般の人にどれだけこの本の凄さが分かるかは自信がありません。笑

ですが出来る限りこの本(というか著者の松下さんという人)の凄さを説明してみたいと思います。

松下明弘という男

1963年生まれ静岡県藤枝市生まれ。高校卒業後段ボール工場勤務後、高校助手を経て青年海外協力隊としてエチオピアに派遣される。その後、板金工場に勤務し、父の死をきっかけに家業を後継。その後、専業農家になる。

農家にも色々な人がいますが、こんな風に国際経験があって、職人的に農業技術も高いっていう人は珍しいです。たいていどちらかなんですよ。使う能力の種類が違うので、本質的に器用なんだと思います。品種登録するために、厄介な書類作業をやっつけちゃったりもしてますからね。農業界で知る凄い人達ってのは、なんでも自分でやっちゃうし、やれちゃう所があって、他の業界でも成功したろうな~という人が多いと個人的に思ってます。

論理的思考力と相対感覚

農業という状況への依存性が高い職業だと、論理的に考えるというよりも、感覚的に体で覚えるってことが重要であったりします。

でも、感覚で覚えたことは人に教えることが難しい。

だから、本を書いたり人に教えたりできる人は、たいてい論理的な能力にも秀でています。著者の松下さんもその一人。

そもそも、田んぼにどれだけの肥料が必要なのかを逆算するために、一斗缶に土を詰めて有機肥料・化学肥料の量を細かく分けて栽培実験をしてみて、一番よかった成績の量を実際の田んぼで翌年ためしてみる、なんてのはとても合理的。

で、実際の水田でやってみたら、一斗缶と違って肥料が水を通じて抜けちゃったり、微生物の作用を考慮してなかった、ってことに気付いたので微調整するってのも、他の人が聞いてすぐに「なるほど」って分かりますよね。

そんな風に論理的に失敗と成功を繰り替えすことによって、毎年毎年、着実に技術を積み重ねられるのだと思います。

もう一つ重要なのは相対感覚

外国で農業したことがあるのは超貴重な経験で、日本という国を相対的にみることが出来ます。同じ日本の中でも色んな田んぼを見に行って話を聞けば、自分の田んぼの特徴も見えてきます。だから、自分の田んぼに合ったやり方が相対感覚で分かってくるわけですね。

本の中でも出てきますが、不耕起栽培に関心があって提唱者の岩澤信夫さんに会いにいって話を聞いたとのこと。

究極の田んぼ

究極の田んぼ

 

でも、3年やった後に自分の田んぼでは耕さない栽培は合わないと判断。

岩澤さんの田んぼがある沼地の条件と、砂質で肥料も水持ちも悪い自分の田んぼの条件は真逆で、不耕起栽培は適さないことが分かってきたからです。

やはりこれも、相対感覚。

本にも、岐阜県の名人に教えを乞いにいった感想をこんな風に表現しています。

環境が変われば、農法も変わる。技術というのは、それぐらい千差万別です。だから、技術そのものではなく、考え方を教えてくれたのだと思います。

農法にこだわるのではなくて、農業の考え方にこだわる、ってのは、私も超重要な農業への姿勢だと思ってます。農地は一つとして同じじゃないですからね。

農業の考え方

稲が健康なら、病気にかかったり、害虫にやられたりしません。風邪をひいてもいないのに風邪薬を飲む人はいませんよね。慣行農業でやっていることは、順番が逆です。健康な体を作ろうとせずに、薬ばかり飲んでいる。

こんな山下さんの農業の考え方は、化学肥料と化学農薬を使うことが常識となっている世界中の多くの農家からすると、独特で変わったものにうつると思います。日本の中でもマイノリティです。

でも、相対的にみるなら日本人には理解しやすい考え方かもしれません。

なぜなら、自然を支配下に置いてコントロールしようとすることが多い西洋的思想に対して、自然と調和して生きようとするのが元々の東洋思想の特徴だったと思うからです。

西洋的な対症療法は即座に効果が出やすいというメリットがあり、東洋的な原因療法は元々の原因をじっくりかけて直してゆく、というメリットがあります。

病気となる外的要因を排除するのではなく、病気に感染しても負けない健康な稲を作ることを目的にしている山下さんの農業観は、とても東洋的のように思います。

マジックナンバー7俵

本の中で理想的な収量についてこんな記述があります。

私がたずねた名人たちも、口をそろえて7俵という数字をあげました。7俵におさえておけば、虫に強いし病気も出ない。台風がきても倒れない。品質もいいから、高く売れる。リスクを回避したいなら、収量を落とせ、と。 

不思議なことですが、私も東北地方の色々な自然栽培水田を巡ってみて、同じ話に出会いました。

確かに7俵の稲の姿は、バランスが良く、日光の入り具合や風通しも良くて、感覚的にも美しいと感じる姿をしています。

日本全国に色んな感性や考え方の違う農家の人がいて、まるで違う水田や品種と向き合っているのに、同じように7俵が最適な収量だと結論づけるのはとても不思議です。

農業という道を突き詰めていくと、人は同じ感覚にたどり着くのでしょうか。

これからの日本農業のヒント

農家の高齢化や米価低迷など、問題が多い多いと言われる昨今の日本農業ですが、松下さんのような優れた農業者がいることが日本農業のポテンシャルだと思います。

以前、紹介した闘うもやしの飯塚さんもまったくそうですが、個人の技術と胆力で自分の仕事を完成させてきた訳ですからね。

闘うもやし 食のグローバリズムに敢然と立ち向かうある生産者の奮闘記

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ただ一方で、こうした優れた農業者の人が大きく経済的に成功していない(本人たちもそこまで望んでいなかったりする)のは、傍から見ていて少しモヤモヤとしたものをもってしまいます。

「ロジカルな田んぼ」を読んで、日本農業が盛り上がっていくには、やっぱり現場の人達が盛り上がる仕掛けが必要だと改めて思うのでした。