無肥料栽培のトマトは空気中の窒素を活用してる?
自然界では植物が勝手にすくすくと育つのと同じように、やってみたら意外と無肥料でも農作物は育つし、条件によっては肥料を使う栽培並の収穫量がとれるたりします(でも安定生産を考えると7割くらいが丁度いいという人多し)。
ってのは、事例としてはそれなりにあるのですが、上手くいく条件がどうも明確に分からないってのが、無肥料栽培がこれまで広がってこなかった主な理由だったり。
といっても、経験則や感覚値、あるいは部分的なメカニズムは科学的にも少しずつ分かってきており、共有もされ始めているのが昨今。最近は色んなテクノロジーの進化が著しいので、今後は大きな期待がもてる方向性だと個人的に思ってたりします。
で、今回は埼玉県で無肥料栽培でトマトを作っている農家さんの圃場を分析して、この畑にはどんな特徴があるのだろう?と考えている論文の紹介です。
この論文で調査対象となった埼玉県富士見市の農家さんは、野菜の無肥料栽培の世界ではその名をよく知られている人。この方の栽培の特徴としては、現在ではマルチや防草シートを畑に敷き詰めて(2009年時点では不明)、雑草が出る余地を徹底的になくすような管理をしている所です。無肥料栽培の畑っていうと、「色んな植物が所かまわず生えている仙人のような人の畑」っていうイメージをもっている人がみたら、まずカルチャーショックを受けるでしょう。
2004年から無肥料栽培を開始しているので、この論文の調査年時点(2009年)では無肥料栽培管理で6年が経過してます。今もこの方は無肥料を継続してますから、もう14年くらい、やられていることになります。
では、早速内容。
この畑の基本的な土壌データは、以下の通り。
土性:関東ローム
作土層pH:5.5
硝酸態窒素:検出域以下
可給態リン酸:17mg/L(一般圃場並)
カリウム:検出域以下
肥料を入れてませんから、土壌内の窒素もカリウムも少ないですね。
しかもこの圃場は、作物残渣(収穫するトマト以外の部分)も土にすきこまないで、圃場外に搬出するタイプのレベルの高い無肥料栽培。普通に足し算引き算で考えれば土壌養分ってのは減っていくはずです。
しかし一方で、リン酸は一般圃場並にあるってのは面白い。この論文は窒素に着目しているのでこれ以上のリン酸に関わるデータはありませんが、土壌中の難溶性リン(植物が吸収できないリン)が微生物によって可溶化しているとか、微生物が何らかの作用をしている可能性があります。まぁデータがないので、可能性以上の議論にはなりませんけどね。
で、この論文の主テーマである窒素について言うと、安定同位体自然存在比っていう測定値を採用して分析しています。安定同位体自然存在比っていうのは、簡単にいうと窒素にも二種類(14Nと15N)があって、その二種類の窒素の割合のことをいいます。
安定同位体自然存在比は土と空気で値が違うので、土から吸収してる窒素の割合が高いとトマトの安定同位体自然存在比は自然と土と近くなるって理屈です。
で、結果をいうと化学肥料区も無肥料区もトマトの葉っぱの安定同位体自然存在比は約+3%と、土(+7.1~8.9%)よりも低くなってました。
この結果は、化学肥料区では肥料窒素(値が低い)の吸収による希釈ってことで説明できるのですが、無肥料区では普通に考えれば土から吸収する窒素がほとんどのはず。
なんで土の窒素の安定同位体自然存在比と大きく違ってきたのか、が謎な訳です。
この論文では、これ以上の追求はしていないので、犯人は闇の中なのですが、消去法から考えて大気中の窒素を固定している可能性ぐらいしか考えられず、その量がかなりのもんだぞ、ってことが推測されています。
この農家さんは無肥料でも一般的な栽培のトマト出荷量を実現してるので、生産者的には肥料代もいらないし、社会的にも肥料製造コストがかからないので、すげーなーっていう農業のモデルですね。
そんな風に、無肥料栽培では予想外の結果が生まれていることはあって、そのメカニズムが部分的に分かっていたりはするのですが、決定的なエビデンスが不明なことや、そもそも農地は多様性が高く一事例が別の農地で再現できると言いきれないので、そこらへんを追求されると厳しい面があります。
個人的には、農業はそもそも多様であり、絶対的な正解はない、というのを基本的な態度にしながら、色んな農業を学んでいこう、というスタンスが幸せだと思っています。