おコメ博士の闇米日記

日本農業(特におコメ)について考えるブログです。

農業における「正しさ」とは

 高校時代の倫理の資料集に、ソクラテスのこんな言葉が紹介されていました。

「大切にしなければならないのは、ただ生きるということではなくて、善く生きるということなのだ。」

 宗教的バックボーンが激薄の日本にいると、こうした感覚はあまりピンときませんが、キリスト教圏の外国の友達と話したりすると、彼らが当然のように「善く生きる」ことを意識していることに驚かされます。

f:id:mroneofthem:20180102012808p:plain

 ところで、農業にも、「善い農業」という概念があります。

 分かりやすい例は畜産の分野にある、アニマルウェルフェア動物福祉)という概念です。人間の所有物の家畜なのだからどう扱ったっていいじゃないか、という態度に対して、アニマルウェルフェアは感受性を持つ生き物としての家畜に心を寄り添わせ、誕生から死を迎えるまでの間、ストレスをできる限り少なく、行動要求が満たされた、健康的な生活ができる飼育方法をめざす畜産のあり方のことを言います。優しい世界ですね。

animalwelfare.jp

 動物の保護については、過剰だと感じるか、不十分だと感じるかは、人によって感じ方がバラバラでしょうが、なんでもありではない、ということが重要です。

 良く出る例ですが、フォアグラの生産のためには、肝臓を肥大させるためにガチョウに無理矢理エサを食べさせることが一般的です。しかしフランスでは、約半数がこの方法に反対しており、なんでもありに国民がNOの感情を持っています。デンマークフィンランド、ドイツは、既にフォアグラの生産を禁止していたりします。

 

www.afpbb.com

 ただ一方で、生産者サイドは「鴨やアヒルは苦も無く魚を飲み込めるように、苦痛を感じていない」「伝統的な手法」と主張しているなど、専門家としての言い分もあるようです。

 では、稲や野菜や果樹の場合はどうでしょうか。

 動物とは違って、植物が痛みや恐怖といった感受性をもっていないと考えるのが一般的ですから、アニマルウェルフェアのような概念は私が知る限りはありません。(あるとしたらプラントウェルフェア?)

 ですから、植物の場合は、生態系や持続可能性といった環境が「正しさ」に当てはまるように思います。「過剰に農薬を使いすぎると生態系が壊れます」とか「過剰に肥料を使いすぎると河川や海が汚染されます」といった類のものですね。

 私がフォアグラ生産過程の動画を初めて見たとき、「あっ、気持ち悪いな。かわいそうだな。」と感じました。だからアニマルウェルフェアは感情に訴えるもの。それと比べると、植物の場合の正しさは、知性に訴えるものであるような気がします。瞬間的に認知できる、直感的な「正しさ」ではないですからね。

 そういう意味で、農業における正しさは、動物分野と植物分野で違うと今は考えています。