自然栽培の現状を解説Part1「自然栽培稲作では遅く植えるべし」
前回、インドネシア人から購入したオンボロ車で東北地方を巡っていたら、色んな農家さんの面白エピソードをゲットしたよ、という話を書きました。
でもそれは余談余談。本当の目的は自然栽培の研究だった訳です。
という訳で、今回はフィールドワークや分析をしてきて自然栽培稲作において科学的には何が言えるようになったのか、というお話を。
論文として公表されたものがある↘ので、この内容を中心に紹介します。
≪まずは自然栽培農家さんにアンケート調査をしてみたよ≫
事前調査として、自然栽培水田の収穫量をアンケート調査してみると、
「平均で10a当たり約300kgの玄米が収穫されている」
ことが分かりました。(10aは10m×100mの田んぼの面積)
一般的な栽培の収穫量が500とか600kgなので、自然栽培で収穫できる量は大体半分くらい、ということになります。
↘のグラフは2011年、2012年、2013年の収量の頻度を示したもので、低い人から高い人までを平均すると大体300kg/10aになります。
なんだか収穫量がすごく少なくなるんだなぁという印象をもつと思うんですが、これはあくまでも平均なので、個別のケースが見えなくなっています。
なので、個別のケースをみてみましょう。
この下のグラフは、全然収穫量が違う水田の5年間の収穫量の推移を示したものですが、みて明らかなように、収穫量が低い水田は5年間継続して低いし、また収穫量が安定しない水田もあります。
その反面、収穫量が420kg/10aや480kg/10aと非常に高いレベルで安定しているケースがあることも分かります。
肥料や農薬なんにも入れなくてもこれだけとれれば、みためも普通の水田に見劣りしません。また、肥料や農薬代がかからないので生産費は抑えられ、環境への負荷も小さく、高い価値のおコメを生産していることにもなります。こいつはすげぇや、ってことですね。
つまり、全体としては収穫量は半分程度に低くなる傾向だけども、慣行栽培の7~9割くらいの収穫量が得られるくらい、上手くいってる見本はあるということなのです。自然栽培自体が若い技術ですから、技術を高めていけば理想の状態になれるのかな?という希望を示してます。
≪なんでそんなに収穫量に差がでるの?≫
でも気になるのは、なんで同じ肥料や農薬を使わない栽培をしているのに、こんだけ収穫量に差が出てくるのか?ってことですよね。
研究の目的がそもそもそれだったので、とりあえず多くの自然栽培水田の基礎的データを調査して、比較してみよう、ということで研究が始まりました。
水田の数が多ければ多いほどデータの信ぴょう性が高まる訳ですが、条件があまりにも違い過ぎると(例えば田植えか、それとも種を直接ばらまく方法か、くらい違うと)比較にならないので、色々と条件を考慮すると16の水田を調査対象にすることにしました。
青森、岩手、宮城、新潟の計16の自然栽培水田です。これ↘
≪収穫量を細かく分析してみよう≫
で、まず、収穫量っていうザックリとした指標をも少し深堀りするために、収量調査ってのをやることにしました。
収量(収穫量)ってのは、単位面積当たりから得られるおコメの量(重さ)を示すものですけど、同じ収量でも1粒1粒のコメ粒がずっしり重いって場合とか、コメ粒の数がひたすら多いって場合とか、パターンが違う場合がある訳です。そのパターンを明らかにしようとするのが収量調査というヤツです。
それで、稲ってのは植えられて根をはって茎を増やして、実をつけて、実の中身が充実してっていう風に、成長にプロセスがあるので、茎が少なければ「生育初期の段階でなんか生育を邪魔した要因があったのでは?」とか、実の中身がスッカスカだと「生育後期の段階でなんか問題があったんだろう」とトラブルシューティングできる訳なのです。
で、結論から言うと、自然栽培で生じている収穫量が低いっていう要因は、穂の数が少ないことが一番デカい要因だってことが分かりました。
≪じゃあなんで穂の数が少なくなるのよ?≫
ちょっと話がずれますが、農学の積み重ねっていうのは結構すごくて、稲に関していうと『稲学大成』っていう本があったりします。マニアックでしょ?
農学っていう学問の中にも稲学ってのがあって、しかも大成しとる訳なんです。
大成って「完全にしとげること」って意味があるので、一つの学問が完成しとるって結構すごくないことですか?
学問って終わりがないものじゃなかったっけ、という疑問はさておき、こんな本が存在してるって事実が意味するのは、日本には稲マニアは昔から結構いて、稲マニアの研究者達がこぞって学問体系を作ってきた、ということです。
で、話を「自然栽培の水田ではどうも穂数が少なくなりやすい」って話に戻しますね。
この本にも書いているんですが、穂数が少ないっていうのは、出穂43日前までになんらかの生育阻害要因があったと、考えていいってことになっています。つまり、出穂43日以降にどんな邪魔がはいっても、穂の数ってのはもう決まってるので、変わんないのですよ。
だから逆に言うと、穂数を増やそうと思ったら、出穂43日前までの(大体ですけどね)障害要因を省いてやる必要があります。結構わかりやすいですよね。
そんな風に、稲の形態形成のプロセスってのは既に詳細に分析されてて、法則のようなものが結構できあがっています。稲作理論の蓄積はすごいですよ。
それでそれで、じゃあ今度は、「なんで自然栽培では穂数が少なくなりがちなんだろう?」ってことが疑問ですよね。
ちょっとプロセスは色々はしょりますけど、下の図で示したように、穂数を減らしている可能性がある要因を一つ一つ検討した結果、一番穂数に影響を与えてるのが温度なんじゃないかっていう可能性が高くなりました。
≪温度×穂数の関係について実証試験をやってみる≫
で、温度が穂数の決定要因として大きくて、それが自然栽培の収量に大きな影響があるぞって仮説が出てきたので、これを検証してみようと翌年に追加の実験をやってみることになりました。(検証実験が翌年になっちゃうのが農業研究の悲しいところ)
実験の方法は、ポットに稲を植えて移植日を変えて育ててみるっていう極めてシンプルな試験。
移植日が違うと、自然と移植直後の気温が違うので温度の影響をみれる訳です。
そうすると、やっぱりやっぱり、移植後の気温が高くなると稲の生長が促進されて、茎がどんどん増え、穂の数が増えるってことが確認されました。
それに加えて、温度が高くなると土壌中の有機物の分解速度も速くなって、稲が吸収・利用できる無機態窒素の量も多くなるってことが分かりました。
※図↘ 温度の茎の増える速度の関係、土から無機態窒素が出てくる速度と茎の増える速度の関係、温度と土から無機態窒素が出てくる速度の関係
まぁ、温度が違うと植物の生育が良くなるってのは当たり前っちゃ当たり前なんですけど、この試験で重要だったことは、温度が(1)イネの成長を促進させるよ、ってことと同時に、(2)土壌中有機物の分解速度も早めるよってことに影響していて、2)は1)に間接的に影響与えるよってことなのです。その方がイネに必要な窒素分が増える訳ですからね。これも詳細は省きますけど、温度の稲に対する成長促進効果は57%で、土壌有機物の分解を介した成長促進効果は43%ってことも分かりました。
つまり温度が高いってことは馬鹿にならなくて、シンプルに植物の生長を助けるし、土壌の有機物分解を促進させることを通じても植物の生長も助けてるよってことです。
で、更に実際の水田でも同地域で移植日が違うパターンを比較したんですが、やっぱり移植日が遅くて気温が高い状態で生育した方が穂数が大きくなるってことが確認できました。
≪ズバリ自然栽培では移植日を遅らせろ!≫
研究のこととなるとダラダラ長く書いてしまいましたが、つまり何が言いたいかっていうと、自然栽培で収穫量があがらない大きな要因に「移植した後の低温」があるので、出来るだけ気温を高める状況を作るように、移植日を遅らせた方がよさそうだぞってことです。
ま、6月中旬より遅くなると日照不足で実の入りが悪くなる可能性大ですが。そこらへんは地域によって調整が必要で、論文内では考察してるので興味ある人は論文をみてみてください。寒冷地域ほど移植日を遅らせる重要性は増します。
で、面白いことに昔の栽培歴をみてみると、どの地域でもだいたい自然栽培で適期と思われる時期に昔は田植えしてるんですよね!化学肥料が普及して、兼業農家が増え、ゴールデンウィークに田植えするようになったよりも前の時代のことです。
こういうのをみると、先人の知恵ってすごいな、と思いますね。
と、そんなこんなで、ざっくりとですが自然栽培の稲作の現状を解説してみました。
まだまだ書きたいことは山ほどあるので、今度かいてみることにします。
それではまた。