確かに、事件は現場で起きていた。
前回の二つの記事で、「自然栽培」に出会った経緯と、博士論文のテーマを決めた経緯について書きました。
それでそれで、当時筑波大のインドネシア人留学生から1万5000円で日産キューブ第一世代を買っていた(下手すりゃラジコンカーより安い)ので、そのオンボロ車で茨城県から青森県弘前市まで移動し、挨拶もそこそこに研究を開始することになったのでした。
というのも、稲作だと5月頭に田植えする所も多いので、4月中には調査する水田を決定して農家さんに調査協力をお願いしたり、水を張る前の土壌をサンプリングしたりと、春はやることが多いのです。
それで、4月は東北地方を車で結構まわってました。
≪まずはフィールドワークを選んだ訳≫
博士課程1年目は、とにかく浅く広くをテーマにしていました。
というのも、まずは自然栽培の稲作の全体像をとらえることが必要だったからです。
収量が水田によってどれくらいバラついているのか?
それは土壌の化学性とどれくらい関係しているのか?
地域性による違いはあるか?高い収量をもたらす特別な要因があるか?
などなど、自然栽培稲作の情報が少ない中で、まずは一般的な傾向を知る必要があったからです。
例えば青森県弘前市の1つの水田だけを調査したとしても、科学的にはそれは青森県弘前市の条件の場合こうである、ってことしか言い切れないですよね?
だから、青森県も岩手県も宮城県も新潟県も、グライ土も火山灰土も沖積土も、色んなパターンを調査対象に含めたうえで、なにか一般的な傾向を探りたかった訳です。
≪農家さんと名刺交換≫
学生と言えども、大学院生や将来研究者になりたいと思ってる人は、名刺の一つや二つは持っているもの。その理由は、学会やシンポジウムで会う先生や研究者と交流し名前を覚えてもらいたいからです。ほんのちょっと印象に残っているだけでも、面白い研究論文をメールで送ってもらえたり、就職口を紹介してくれたりと、研究業界もかなりコネが融通を効かせていますからね。
かくいう私も、100均名刺カードに自分で印刷した申し訳程度の名刺をもっていました。でも、作ったときは他の学生と同じように学会とかで使うだろうな、という程度で。まさか農家さんと名刺交換するとは思ってなかったのですが。
岩手県のとある農家さんの所に調査協力にいった時、おもむろに財布から名刺を取り出して渡してくれました。
(おっ、この前つくった名刺を渡すいい機会だな・・・)
と思いながら、とりあえず相手の名刺に視線を落とした所、なにやら衝撃的な文字を発見。そこにはこう書いています。
木こり(自然栽培)
ん?木こり?
なんだかアニメ日本昔話で聞いた以来の単語フレーズ。
今って平成何年だったっけ・・・。木こりって木を切る人のことだったっけ・・・。
しかもカッコ自然栽培って書いてるな・・・。
あまりにもツッコミ所が多かったので、脳が色んな情報処理をしようとしている最中も農家さんはお構いなしで、今年おもいついた種まきのアイディアや昨今のヒバの価値の下がり具合みたいなことを訛りながら話しているのでした。
大学や研究所でもらう名刺には、〇〇大学農学研究科教授とか〇〇研究所主任研究員とか農学博士とか、そんな堅苦しい肩書が書いてますけど、こちとら木こりです。
これは最高にイケていたので、今でもその名刺は大事にとっています。
私も将来は肩書に木こりを書きたいですね。
≪祭で人が死ぬのは当たり前という価値観≫
そんな風に、フィールドワークをしてるとたくさん面白い出会いや発見がありました。
もちろんデータをとることは大事だった訳ですが、農家さんの個性の多様さは予想外の連続で、常識外のことが好きな私としては愉快になることが多かったです。
例えばある農家さんとお祭りで人が亡くなったニュースについて話してると、
「んなもんあたりめぇだよ。祭ってのは人が死ぬもんなんだから。」
という新しい価値観(確かにとも思わせられる)を当然のように注入されたり、
「昔トラックの運転手してる時に居眠りしてて、気付いたら信号13個くらい飛んでたんだよ。無意識でブレーキ踏んでたのかな。あれこそホントの自動運転よ。」
ってう衝撃的な過去の体験を聞いたり。
そんなこんなで、研究のデータをとることが目的だったんですが、脱線して一緒にお酒を飲んだり、勉強会やったりしたことは良い思い出になっています。