闇米日記

日本農業(特におコメ)について海外から考えるブログです。

農業やると寿命が伸びるのでは、という話

こんなニュースが。

www.jacom.or.jp

 このデータにどれだけの精度があるかは別にして、確かに農村地帯ではじいちゃんばあちゃんが農作業に精を出しているのをよく見ます。自営農業者が元気、というより、元気じゃないと農作業はやれないんですよね。

 しかも自分や家族が実際に食べる野菜を作るとなると、あまり農薬をかけたくないなと思うのが人情というもの。それに肥料を入れすぎると雑味が増すので、施肥管理も結構きをつけるようになるものです。こだわって育てた野菜を新鮮な状態で食べていれば、当然健康にもいいでしょう。新鮮なものって、それだけでかなり美味しいというのは、意外と知られていないことでもあります。

 そうそう、運動面でも、畑をせっせとやっている人でぶよぶよした人はみたことがありません。外で全身を使って動いていれば、エクササイズなんぞやらなくても、十分すぎる運動がとれますからね。ただ腰への負担は気をつけないと、偉い目にあいます。

 そう考えると、あまり規模を大きくしないでも、家庭菜園的なスケールで家族分の野菜を育てるのがプレッシャーも負担も少なくて良いような気もしますが、この記事では農業経営を意味する自営農業者の寿命が延びているとのこと。失敗してもまぁいいや、という環境下でやるのと、失敗したら家計に直結する、というプレッシャーの下でやるのとでは、作業への力の入れ込み方も違う、精神衛生への影響もかなり違う、ということなのかもしれません。

 なんにせよ、これからの高齢化社会で細々とでも農業やる人が増えると、健康になって保険料が減るし、美味しいものが食べれて幸福感は増すし、社会にとっては良いことが多いのでは、という気がします。ただ、そう考えてふらっとやってみる方も結構いますが、農作業はそんなに優しくない(だからこそいい運動になるのだけど)、ということも踏まえておいた方がよいかと、も思います。

 

ベトナム・カントー市と日本の関わりの話

現在在住しているカントー市は、ホーチミンから車で三時間ほど南下した所にある人口120万人のなかなか大きな都市です。カントー市周辺は水田地帯が広がっており、おコメの産地として有名です。おコメ所という意味では、日本での新潟や仙台が思い浮かびますが、人口規模だけで言うと新潟市(約80万人)や仙台市(約108万人)よりも大きな都市と言えます。そもそもベトナムの人口って、9000万人もいるんですよ。。。日本と大して変わりませんね。

さて、最大の都市ホーチミンや首都ハノイに比べて、カントー市を知ってる日本人はほとんどいないと思いますが、実はかなり関わりが深いそうです。

例えば、カントー橋。

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https://commons.wikimedia.org/wiki/File:CanThoBridge.jpg

2010年に完成した全長3km近い大きなこの橋は、300億くらいかかったそうですが、すべて日本のODAで賄われたそう。ホーチミンからカントー市までの運転をしてくれたドライバーが教えてくれました。メコン川ハウ川を渡るこの巨大な橋がカントー市の発展につながったことは、間違いないだろうと思われます。

 

他にも、例えばカントー大学。

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写真は農学部校舎ですが、これも日本のODAで建てられたそうです。

カントー大学は南部ではそれなりに知られた国立総合大学らしく、おコメ所ということもあり、農学ではベトナム最先端を走っているそうです。

さてさて、そんな風に、発展途上国支援のお金がらみで日本とカントー市はこうして色々関わりがあり、カントー橋建設中は日本人も多くカントー市に来ていたようですが、2010年の工事完成以来はかなり寂しくなった模様。

理由はよく分かりませんが、今ではかなり韓国の人が多いようです。韓国資本のロッテマートというショッピングモールもあり、韓国料理屋さんも見つけることが出来ます。私も何度か韓国人に間違えられました。(ベトナム人にも間違えられてます。。)

今のところの感じだと、カントー市の人にとって日本人がどういう存在なのか、よく分かりません。悪くないような気もしますが、良い、という感じもあまりしませんね。聞くに、日本の建設会社が請け負っていたカントー橋建設中に大きな事故があって現地の人の死傷者もかなり出たらしく、その後も慰謝料なんやらで色々とあったらしいので、もしかするとそういうことも尾を引いているのかもしれません。

発展途上国あるあるですが、多額の資金援助をしたからといって、感謝されているとは限ららず、それどころか振る舞いによっては逆に軽蔑の対象になったりすることもあるので、そのあたりは肝に銘じておかなければなりません。

おコメの研究者がベトナムの寿司に洗礼を浴びせられる話

ベトナムに来ています。

おコメ作りの研究者である私には、このベトナムの稲作地帯メコンデルタで収穫量を維持しつつ、環境への負荷も小さくするという、両刀使いのおコメ作りのシステムを確立せよ、という壮大な任務が課せられています。「二兎追うもの一兎も得ず」にならぬよう、契約期間わずか二年の間に結果を出すことが求められている・・・という話は今回は置いといて。

私はまだ二十代の新米研究者ですが、経験こそ大きな価値を占める農業や農学の世界では、二十代は鼻水垂らした生まれたての赤子のような存在です。なにせおコメに限って言えば、一年に一回(日本の大部分では)しか栽培できず、積み重ねた経験があまりにも限られているからです。農業のような複雑な自然界で営まれる世界では、二十代がなたれ小僧扱いされるのもむべなるかな、という感じです。

とは言え、曲がりなりにも大学、大学院を卒業して博士号を持っているからには、一応「おコメの専門家」として世間一般には取り扱われ、今回のような任務を仰せつかっている訳でもあります。

さて、そんなおコメの専門家、ベトナム入りしてから早速スーパーで売られているインディカ米(細長くてパサパサしたやつ)やジャポニカ米(丸っこくてモチモチしたやつ)を観察したり、値段をみたり、実際に食べてみたりして、「ふむふむ・・・」と専門家の現地調査さながらな行為をやっておりました。

そんなある日のこと―

「最近あたらしい寿司屋が出来たんだよ」

と職場のベトナム人から耳寄りな情報が。

ベトナムに来て早三週間、日本食が恋しくもなってきていた私は、これは調査に行かない訳にはいかない!ということで、早速寿司屋へ。お店の外観も内装も小奇麗な感じで、入店すると懐かしい「イラシャイマセ」の声が(日本語はこれだけだった)。残念ながら英語は通じないものの、メニューに写真があったので指差して一人前の「握り」を注文。すると・・・

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いい感じのが出てきました。これで190,000ベトナムドン(約950円)というのは、日本基準で考えても高い、ましてやベトナムの食費にしてはかなりの出費(フォーだと一杯約100円で食べられる)ではあるが、背に腹は変えられん、ということで早速マグロをぱくり・・・

「寿司だ!おいしい!」

普通に美味しいお寿司でした。

板前さんは完全にベトナム人ではあったものの、どうやらそれなりの技術はある様子。とは言っても、日本で言うと回転寿司といいとこ勝負だとは思いますが、日本食断食三週間(フォー・パン・インディカ米地獄)の身には染み入る酢飯・ワサビ・海苔・刺身たち・・・

満足して支払いも終え、午後の業務へと戻った私は、グーグルマップのお気に入りに寿司屋を登録し、「メニューには寿司の他にもラーメンや丼ものもあったから、今度職場のみんなでも来れるなぁ」と呑気に思っておりました。しかしその翌日。

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私は濃い緑色の毛布にくるまって病院にいました。

腹痛・下痢・発熱・寒気・頭痛・・・

寿司を食べた夜から下痢、翌日の熱は最高で38.6℃まで。まさかこんな早くに海外旅行保険を使うとは・・・

保険会社の指示では英語可能な病院と聞いていたのに、夜間診療ということもあり、英語が話せる人は誰もいず。幸いにホテルのスタッフに付き添ってもらったので、事なきを得ましたが、異国の地のまったく分からない言語が飛び交う病院で、採血したり、よく分からない飲み薬を飲まされるのは中々刺激的な体験です。

結果、「原因はよく分からん。感染症ぽい。」ということでしたが、よく分からないヌルヌルしたサイダーを飲んでから30分程でみるみる体調が回復。さっきまで青ざめた顔をしていたのに、「今なら俺は走ってホテルまで帰れるぜ」と豪語してホテルのスタッフに呆れられる始末。しかし薬、効きますな。

その後3日ホテルで静養・薬服用・病人食を続けてやっと全快。

実際原因が寿司だったかどうかははっきりしませんが、それ以外に変わったモノを食べたり飲んだりしていないので、消去法的に寿司が憎き存在になっております。こうなると、中々寿司に手出しが出来なくなりますな。

おコメの研究をしにベトナムまでやってきたのに、ベトナムの寿司に手痛い洗礼を受けることになりました。