おコメ博士の闇米日記

オワコンと言われがちな日本のおコメ。令和のこの時代に、グローバル視点で日本でおコメを作る意味を考えます

日本は国際的にみて尖った農業をやることに価値があるんじゃないのかな説。

田んぼで作業をしていると、近所の人とバッタリ出くわして話に花が咲くのが農家というもの。新農家とは言え、立ち話に関してはなかなかの腕前になりました。

さて、よくある立話の流れで、こんな風に驚かれることが多いことに気付きました。

「え?肥料を入れないの?なんで???」

そう。なにを隠そう、僕らは肥料や農薬を使わないでおコメを作っているので、一般的な感覚からするとクエッションマークが頭にたくさん浮かんでしまう訳ですね。

だって、肥料をあげた方が稲はよく育つようになるし、その方がたくさん獲れやすくなります。それは、農業者じゃなくても誰しもが知ってること。

それでも敢えて肥料や農薬を使わないのは、おバカさんなのではなくて(と、自分では信じたい(^^;))、理由があるからです。

今回は、田んぼでの立ち話レベルでは言い切れないことを、このブログに書いてみようと思います。

 

おコメをたくさん作ることに価値があった時代。

今から約50年前は、コメは結構もうかる農作物でした。

戦中におコメが食べられなかった世代が日本にまだ結構いて、おコメをお腹いっぱい食べることに幸せを感じていた人が多かったからです。

コメ農家はこぞってたくさんおコメを作り、収穫量をあげる努力を重ねていました。なにせ、作れば売れる時代。モチベーションもMAXです。

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こういう時代には、「肥料や農薬をつかいながら、一つの田んぼからどれだけたくさんの収穫量を得るか?」という方法に相対的な価値があります。

一般的に収穫量が減りやすい肥料や農薬を使わない方法は、こういう時代であれば注目されることはなかったでしょう。

今の時代でもアフリカ等の食糧がまだまだ足りていないトコロも似たような状況です。いくら環境にいいとか、健康にいいとか言ったって、飢餓が起こり得る状態の場所では、とりあえず食べ物がたくさんないと話にならないですからね。

 

おコメをたくさん作っても価値が生まれにくい時代になっちゃった。

さて、ところが2020年を目の前にした現在の日本では、幸いにしておコメが食べられない人がたくさんいる、という悲しい状況はなくなりました。それどころか、日本人のコメ離れは進み、結果コメは余り、米価の低迷が続いています。

作る側としても、肉体的に大変な割ににまったく儲からないので、親も子供に農家を継がせようとはしなくなりました。

加えて昨今では、昔に比べるとはるかに安い物流システムがグローバルにできあがったため、輸入や輸出のハードルが格段に下がっています。情報やモノの移動も活発なこともあって、アメリカやオーストラリア、中国や東南アジア諸国では、日本米の効率的な生産が行われています。

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東南アジアでは人件費で、アメリカやオーストラリアでは農地(スケールがめちゃんこデカい)で、日本よりもコメ作りの大きなアドバンテージを持ち、安くてそこそこのおコメを生産することが出来ます。

こうした背景も、日本のコメ作りの将来に不安な影を落としている要因です。

 

それでも稲作文化の日本はコメでめちゃくちゃ下駄をはける説。

てなことで、日本農業にもなかなか難しい時代がやってきています。

これまで通りなコシヒカリの作り方では、昔みたいな価値は生まれないし、国際的には価格でボロカスにやられそうだし、若者にとっても魅力的な仕事には映りにくいからです。(自給自足とか、スローライフ的な農業に魅力を感じる人は多いようなので、あくまでも産業としての話では。)

TPP等の自由貿易の交渉も、どんな結末を迎えるか分かりませんからね。

と、そんな風に一つ一つファクトをみていくと、結構暗い気分になってきがちですが、実は日本農業は国際基準でみてかなり大きなメリットももっていたりします。

例えば文化。

日本のコメ文化は歴史が長いので、コメに関連したモノがたくさんあります。

米俵、しめ縄、わら細工、五円玉の稲穂、とかとか。

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寿司や日本酒といった食文化もそうですし、神社や神技とコメの関わりもかなり深いです。アメリカ人が作った日本酒と、日本人が作った日本酒、どっちが呑みたいか?という点で、日本人はかなり得を出来ます。つまり日本はコメを推そうと思えば、かなり推せる状況にはある訳ですね。逆にアメリカ人が作ったハンバーガーと、日本人が作ったハンバーガーでは、アメリカ人の方が下駄をはける訳です。

歴史を伴った文化は、一朝一夕で真似できないので、他の国に比べると超アドバンテージです。アメリカは「米国」ではあるけれど、米関連のグッズもイメージももっていないですからね。

 

日本稲作は「とがる」ことが生きる道?

てなことで、日本のコメは国際市場で価格で勝負すると敗北必至なので、常に相手と違う土俵で戦う方が勝機は巡ってきやすいだろう、てのが僕の考え。

デカいマーケットはとれなくても、ニッチはとれるだろう、と。

そこで、大量生産型のコメとはまったく違いますよ、っていう作り方で差別化していくのが結構大事なんじゃないかと思っています。

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で、肥料や農薬を使わない、ってのは尖り方の一例で、色んな尖り方があります。

農業には色々なやり方があって、また「こだわり」をもって取り組む生産者さんも多いので、農法についての議論はよく起こります。それがナニ農法なのかっていう名称も人によっては結構重要なので(自然農法か、自然栽培か、〇〇式自然栽培か、など)、今回は「トガるってのが重要なんじゃないか?」って所までにしておきましょう。

慣行栽培派vs有機栽培派、有機栽培派vs自然栽培派、自然農法派vs自然栽培派などなど、農法における対立の構造は中東の宗派対立並に複雑ですからね。

 

無肥料無農薬栽培で作り方の差別化はできるけど、それが結果おコメにどんな違いをもたらすのか?等のテーマはまた今度。 

ちなみにですが、無肥料で稲を育てると稲の葉は窒素過多になることがほぼないので、窒素過多になると発生しやすいいもち病のリスクが大幅に減るなど、無肥料と無農薬のセットには合理性があったりします。

糖分とりすぎると糖尿病になってインスリンが必要になるみたいに、ガンガン肥料をあげると農薬も必要になってくる訳ですね。ま、それは栽培する側にとって重要な話でありますが。

さてさて、今回はざっくりとした大きな話だったので、次回は無肥料無農薬栽培のメリット・デメリットや合理性についても書いてみようと思っています。